緻密なハードSF!名作!「Ank: a mirroring ape」
- 作者:佐藤 究
- 発売日: 2017/08/23
- メディア: 単行本
何か力強い渦のようなものに巻き込まれて抜け出せないような感覚。
こうした文章を書く人はそういない。才能です。
伊藤計劃を初めて読んだときのような胸の高まりを感じました。
少し暴力的なシーンがあるので、そういう描写が苦手でない人は是非読んでほしい。本当に。
なので今回はネタバレは一切しません。
それでは、本日の見出しです。
ざっくりとしたあらすじ
京都の霊長類研究施設の総責任者である鈴木望は、南スーダン共和国で保護されたチンパンジー(アンク)を引き取る。
アンクは優れた知能を持っており、施設で最も知能が高いとされていたチンパンジーが成し遂げられなかったテストを難なくこなす。
アンクの能力を見出し、人類の謎を解き明かす鍵があるのでは…と期待する望だったが、アクシデントによりアンクは施設から脱走。
すると施設にいた研究者や他のチンパンジー、そして京都の人々が突如暴徒化してしまう。
望は事態の収拾を図るため、そして「京都暴動」の謎を解明するために立ち向かう!
閃きと科学的根拠に裏付けされたストーリー
ジャンルとしてはハードSFになるのでしょうか。
類人猿において、現人類とその他を分かつのは何かという謎に迫った本作。
霊長類研究者の鈴木望の考察を追うのは少し難しかったですが、それでも一般文系読者である私にも理解できるような理論を生み出し、説明してみせるのはさすがです。
多少飛躍しているかな?と感じた部分もありましたが、「トンデモ科学」では決してない。
作者はそういう方面の専門家なのかな?ってくらい緻密な筋書きでした。
参考資料を見てびっくり。めちゃめちゃ専門書読んでる…!
本作にかける並々ならぬ熱量を感じました。知識欲も旺盛な方なんだろうな。
細部に光る人物描写
さて、本書の主なテーマは先に述べたとおりですが、壮大な謎とともに描かれる人間描写もスゴイ。
施設では、様々な分野で異彩を放つ天才たちが集い、日夜研究に取り組んでいます。
望以外の研究者は登場シーンが少ないのですが、各々の研究分野に根ざした眼差しとか、性格とか、そういったものが丁寧に書かれているなという印象です。
ドラマ化したら、スピンオフがいっぱい出来そう。
望は、アンクの才能を見出した際、他の研究者に勘付かれないように敢えて違う現象を挙げます。
普段の飄々とした立ち振る舞いとは打って変わって、自分の手で謎を解明したい、他の研究者に出し抜かれたくないという貪欲さが伝わる名シーンだと思います。
研究の本来の目的を隠すのは、この施設の性質上やむを得ない部分もあるんですけどね。
人間描写が優れているというのは、研究者に限ったことではありません。
「京都暴動」に伴う世界中の混乱。
人々が恐怖に慄く様子に既視感を抱くんです。
流言飛語が飛び交い、防毒マスクが爆発的に売れる…コロナの時と同じ。
「京都暴動」の様子がSNSにアップされ、ハッシュタグによって世界中に拡散されるというのがリアルですね。
個人的に好きなのが、夜通しVRゲームに興じていて暴動に気付かなかった女性のエピソード。
物語に影響を及ぼす人物ではありませんが、細部までこだわりが光るなあと。
舞台が2026年なので、家庭用VRゲームも今より一般的になっているんでしょうね。
佐藤究と「鏡」について
文庫本の帯にも書かれているのでネタバレにはならないかと思いますが…
謎の鍵は、ズバリ「鏡」です。
動物に鏡を見せるテスト、ミラーテストと呼ぶようですが、そのテストで観察される能力が謎に関わっています。
鏡に向かって「お前は誰だ?」と問いかけ続けると精神がおかしくなっていく…という都市伝説がありますが、もしかしたら佐藤究は物語のヒントとしていたかもしれないですね。
ちなみにネットで調べると「実際にやってみた人」が複数出てきます…。怖いので見ていませんが。
本作ほどではありませんが、佐藤究の前作「QJKJQ」も鏡が物語の鍵になっています。
鏡に対する本能的な興味。
ふつふつと沸き上がるものが成熟し、本作に繋がったのではないかなと思いました。
以上、本作について好きなように語りました。
私の伝えたいことは冒頭部分に集約されていますので、興味を持った方は是非。