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金田一耕助シリーズの推しヒロインを紹介したい――「女王蜂」横溝正史

突然ですが、横溝正史金田一耕助シリーズってどれくらい知名度があるんでしょうか。

犬神家の一族」のVの字の足とか、八つ墓村」の白装束とか、サイコスリラーのイメージが強いでしょうか。

それとも「じっちゃんの名にかけて!」の方が有名なんでしょうか。これも面白いですよね。


自己紹介になりますが、私の読書歴の1ページ目は横溝正史です。

それまでは図鑑を読むのが大好きで、国語の授業以外は文章を読んでこなかったのですが、

小学5年生のときに「本を読みなさい」ということで、母親から「犬神家の一族」を渡されたのが横溝正史との出会いでした。

なぜこの時母親が「犬神家の一族」を渡してきたのかは分かりませんが、

それ以来、横溝正史にドハマリし、他の作家へ手を伸ばし、「読書」というものが趣味に加わったのです。


横溝正史が好きなんだ〜とリアルで言うと、大抵は「え、あの足が湖に出てるやつ?」という反応が返ってきます。

そう、その足が湖に出ているやつですが、横溝正史は只のサイコスリラー作家ではないのだ。

特に金田一耕助シリーズは、美しいヒロイン、田舎の怪しい雰囲気、そして謎解きを楽しめる一大エンタメ小説なのです。


今回は、私の「推しヒロイン」を通して、金田一耕助シリーズの魅力をお伝えしようと思います。


本日の見出しです。

2つしかありませんが、ちょっとボリュームが多くなってしまいました。

金田一耕助シリーズとは

ボサボサ頭で貧相な形をした金田一耕助という探偵がひょっこり謎を解決する1話完結型の推理小説です。

彼の活躍する時代は戦後で、復員とか、闇市とか、没落した貴族とか、戦後のゴタゴタが事件の鍵になっています。


事件は必ずといっていいほど田舎の名家で起きます。

この舞台は映像化されると非常に不気味なんです。
田舎だからなんだか暗くて閉鎖的だし、交通手段も連絡手段も限られているので、逃げ出すことができない。

また名家は遺産相続とか跡取りとか愛憎劇が繰り広げられる場として相場が決まっていますね。(シリーズによって植え付けられた偏見)


そして、忘れてはならないのは美しいヒロインです。

煩悩にまみれた一家の中で、清らかな心を持って生まれた生粋のヒロインというのが必ず登場します。

そして絶世の美女というお約束。


金田一シリーズの特徴として、登場人物の容姿が詳しく描写されていることが挙げられます。

ビジュアルのインパクトが強いのは、別作品になりますが、「八つ墓村」の一卵性双生児のおばあちゃんでしょうか。

真っ白な髪を、ちんまりうしろにたばねて、背を丸くして座っている。顔も体も掌の中に丸めてしまえそうなほど小さく、なんだか猿が二匹座っているような感じであった。(中略)年齢のわりには色艶もよく、歯のないくちびるを、巾着の口のようにすぼめているのも上品であった。
しかし、なんといってもあまり顕著な相似が、見るものに一種異様な戦慄をあたえるのである。
(中着)先天的な相似はともかく、後天的にできたはずのしわの一筋から、皮膚のシミにいたるまで、そっくり同じで、一方が笑えばもう一方の顔の筋肉も、同じようにほころびるのではないかと思われるほどだった。

この表現力によって、登場人物それぞれのビジュアルが確立されています。


登場人物が多くて、家族構成が複雑であっても(実は隠し子とか異母兄弟とかそういう設定が多い)
それぞれのビジュアルのイメージをしっかり持っていれば、あまり混乱せずに読めるのです。


女性に対する表現もとても多様で、「八つ墓村」の双子のおばあちゃんのように不気味なキャラクターは勿論、美人の書き分けが面白いですね。

ここで、金田一耕助シリーズで最も有名な「犬神家の一族」の女性たちを見てみましょう。


・野々宮珠世(ヒロイン)

少し長めにカットして、さきをふっさりかーるさせた髪、ふくよかな頬、長いまつげ、格好のいい鼻、ふるいつきたいほど魅力のあるくちびる(中略)体の線ののびのびとした美しさは、ほとんど筆にも言葉にもつくしがたいほどだった。
美人もここまでくるとかえって恐ろしい。戦慄的である。

ひょっとしたら、金田一耕助シリーズの中で最も美しいヒロインかもしれない。

気合の入り方が尋常ではないですね。

また最も正統派なヒロインでもあります。


・犬神小夜子

小夜子もかなり美しい。もし、ここに珠世というものがいなかったら、彼女もまた、十分美人でとおったであろう。しかし、珠世のたぐいまれな美しさの前には、彼女の美貌もいちじるしくかすんでみえる。小夜子はそれを意識しているのであろう。おりおり珠世を見る眼つきになんとやら、ただならぬ敵意がうかがわれる。どこか険のある美しさである。

彼女も十分美しいのに、珠世の前ではかすんでしまっています。

それを彼女自身でも分かっているのがまた悲しい。

作中では、珠世を太陽、小夜子を月に例えていて、どちらも美しいけれど、珠世の圧倒的な美に小夜子が敵わないことが強調されています(うろ覚え。もしかしたら別作品かもしれない)


犬神家の異母姉妹も見てみましょう。

・犬神松子

細いながらも竹のように強靭な体質

・犬神竹子

小太りに太って小山のような体をしている。あごも二重あごで、いかにも精力的な感じである。それでいて、こういう太った婦人にありがちな人のよさは微塵もなくて、姉に負けず劣らず底意地の悪そうな女だった。

・犬神梅子

三人の異母姉妹のなかで、梅子がいちばん美しい。しかし、底意地の悪そうな点でも三人のなかで一番だった。


この姉妹が血みどろの争いを繰り広げるのですが・・・。

このビジュアル紹介だけで陰険な雰囲気が伝わりますよね。


さて、そろそろ私の推しヒロインを紹介したいと思います。

「女王蜂」大道寺智子について


私の推しヒロインは、「女王蜂」の大道寺智子です。

月琴島」という伊豆の南方にある孤島出身で、実は元宮様の孫という、正真正銘のプリンセスです。


生まれて初めて島を出て、婿選びをするのですが、その最中に殺人事件が起きてしまいます。

一連の事件は、智子を島に留めておきたいという意図によって引き起こされたもので、智子へも犯人からの脅迫文が届きます。

他のヒロインだと恐れおののくばかりですが、智子は事件を解決しようという強い気持ちに駆られるのです。

そう、智子は非常にアグレッシブで、気の強い女性なのです。ステキ。


こうして強い女性として描かれる智子には度々「女王」という表現が使われますが、本当に「女王」だったという種明かしがオシャレですね。

ちなみにタイトルの「女王蜂」も、婚約者たちを惹きつける智子を表したものです。


また、結果的に婚約者となる多聞連太郎とのやりとりも素敵です。

多聞連太郎は正体不明の青年として登場するギリシャ彫刻のような」イケメンです。

私は智子が大好きですが、多聞連太郎も好きです。(主にビジュアルの面で)


実は智子の祖父である衣笠宮が用意した婚約者だったのですが、戦後の世相に失望してやさぐれてしまいます。

彼の粗暴な行動は智子を怒らせてしまうのですが、それがまた可愛らしい。

紹介のないままダンスを踊らされてしまったことに腹を立てたり、初めてのキスを奪われてまず怒りが湧いてきたり。

今でこそ気の強いヒロインというのは珍しいものではありませんが、本作が書かれたのは70年前ですからね。画期的すぎる。


さて、肝心の智子の美しさについて。

初めて彼女を見た金田一耕助は、次のように語っています。

ああ、あの美しさ。気高く、威厳にみちていながら、しかもなお、麝香猫のように全身から発散する性的魅力。むろん、彼女自身はそれに気がついていない。気がついていないからなお恐ろしいのだ。危険なのだ。

「麝香猫」は「ジャコウネコ」と読みます。分泌物が香水になったり、糞が高級コーヒーの原料となったりする猫です。高貴でありながら只ならぬ色香を出す智子を表現しています。オシャレですね。

島から出たことがない智子は、自分の美しさの程度が分かっていません。

それも良い。それも良いけど智子の良さは男性からアプローチされて初めて自分の魅力に気づき、その美しさを開花させるところなのだ。


まず、笑い方について。

しかし、それは月琴島修善寺で知っている智子とは、あまりにも調子のちがった笑い声であった。男の声をとろかすような、甘い、コケティッシュな笑い声。蓮っ葉で、いくらかみだらな笑い声でさえある。


そして、容姿について。この描写が大好きなので長めに引用します。

そのとき金田一耕助は、ひとめ智子のすがたを見たとたん、なんとも名状することの出来ない戦慄が、背筋をつらぬいて走るのを禁じえなかったのである。
ああ、智子のなんというはげしい変わりよう!
炎えるような赤いアフタヌーン、黄金のネックレスに黄金のイヤリング、腕にも黄金の腕輪をはめて、長くひいた眉、真紅にぬった唇。それはまるで烈日の下に咲きほこる、真紅なダリヤのように強烈な美しさだった。しかも変わったのは服装や化粧の好みばかりではない。耕助の顔をみて、にっこり笑う流し目にも、妖婦の媚びがあふれている。

この変貌ぶりがとても良い。魔性の女って感じで。


ちなみに智子は18歳。現代でいうと高校3年生です。

現代でもそうだと思いますが、これくらいの年齢になると、周りの目を意識しつつ、自分の容姿を上手にプロデュースしようとする方が多くなってきますよね。


持って生まれたものが多いとはいえ、智子もきっと試行錯誤してイメージチェンジしたんだろうなあ。ああ、可愛い。

引用したところだけ見ると、智子が下品な女性に見えますが、そこは気位の高さや育ちの良さというものが備わっていますので、「場末の女」にはなりません。ご心配なく。


以上、大道寺智子を通して金田一耕助シリーズを紹介させていただきました。

金田一耕助シリーズの中ではあまり有名なものではありませんが、ヒロインを取り巻く大人達の策略や事件の行方も面白いのでぜひ手にとってみて下さい。


好きな文章が多くて、引用ばかりになっていまったのが申し訳ない。

でも原文ママで読んだほうが雰囲気が伝わるから・・・。


この記事で少しでも金田一耕助シリーズと横溝正史に興味を持っていただければとても嬉しいです。

まだまだ語り足りないので、横溝正史作品は今後も記事にしていきますね。