異色の良質ミステリー――『闇に香る嘘』
- 作者:下村 敦史
- 発売日: 2016/08/11
- メディア: 文庫
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孫への腎臓移植を望むも適さないと診断された村上和久は、兄の竜彦を頼る。しかし、移植どころか検査さえ拒絶する竜彦に疑念を抱く。目の前の男は実の兄なのか。27年前、中国残留孤児の兄が永住帰国した際、失明していた和久はその姿を視認できなかったのだ。驚愕の真相が待ち受ける江戸川乱歩賞受賞作。(「BOOK」データベースより)<<
これ。めちゃめちゃ良質なミステリーでした。
ここ最近読んだ中で最もおすすめしたい1冊です。
異色というのは、もちろん主人公の和久が失明しているという点です。
犯人や謎を追求するのに視覚的な情報は必須じゃないのかな?ミステリーが成立するのかな?
なんて思っていましたが、全くの杞憂でした。
物語は和久の語りのみで進むのですが、視覚的な情報が一切ないのに情報量がとても多い。
話し方や握手で相手の印象を掴んだり、言葉の端々から発せられる微かな感情を読み取ったりと、繊細な描写に圧倒されます。
この人はこういう容姿だ、という描写なしに人物像が浮かぶって凄い。
さすがの江戸川乱歩賞。筆者の力量が良く分かりますね。
読後、この本についてどういう評価をされているのか知りたくて、某サイトでレビューを読んでみました。
意外だったのが和久への批判的な内容が多かったこと。
・年齢の割にアクティブ過ぎる(物語では70歳近いということになっています)
・自分勝手な性格が気に入らない
主な意見はこの2点ですかね。
確かにそうなんです。
70歳になるお爺さんが、しかも全盲の人が一人でこんなに動き回るものか?
また、ずっと対立していた和久の娘が急に優しくなるのもツッコミポイントかもしれません。
もう少し年齢を下げてもいいのではと思ったけれど、そうなると残留孤児の設定と合わなくなっちゃうのかな?
でも高齢者にすることで、偏屈で凝り固まった性格がよく表現できたと思います。
和久の思い込みが強い性格が起因してミステリーになるわけですしね。必要なファクターです。
こういうことを書くと批判されるかもしれませんが…
障害を持った人が作品化されると、障害を持った対価や補填という形で美しい人格が付与されることが多い気がします。
本作がそうでないからと言って、嫌悪感を持ってしまうのはもったいない。
むしろ和久が良識人であったら物語は急につまらないものになってしまうでしょう。
好みの分かれる作品かもしれませんが、普通のミステリーに飽きてしまった方。ぜひ読んでみてください。