正直読書

本のこと、日常のこと。司書の勉強中。

バイオレンスに浸かりたい人向け。――『独白するユニバーサル横メルカトル』

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タクシー運転手である主人に長年仕えた一冊の道路地図帖。彼が語る、主人とその息子のおぞましい所行を端正な文体で綴り、日本推理作家協会賞を受賞した表題作。学校でいじめられ、家庭では義父の暴力に晒される少女が、絶望の果てに連続殺人鬼に救いを求める「無垢の祈り」。限りなく残酷でいて、静謐な美しさを湛える、ホラー小説史に燦然と輝く奇跡の作品集。(「BOOK」データベースより)<<

こりゃあかん…と1話目を読み終わった私は思わずこの本を閉じてしまいました。

バイオレンス描写にはそこそこ耐性があるぞと意気込んで読んでみたはいいものの、1作目の〈C10H14N2(ニコチン)と少年――乞食と老婆〉に「思い切り殴りつけ」られ、「ギャペチャッと悲鳴をあげ」そうになってしまいました。

うら若き女学生の頃、序盤のグロ描写に耐えられずに伊藤計劃の『虐殺器官』を途中で投げ出したことがありました。

それ以来の衝撃。穏やかな語り口とのギャップに目眩を感じずにはいられません。


続く〈Ωの聖餐〉。

吐瀉物と排泄物にまみれる感覚に覆われていく不快感。

その中に息づく高度な頭脳と気品が不思議なバランスを保っています。

そして「彼」が渇望した、あまりにも普遍的な「陽光」。

と、様々な要素が混ざり合っているこの作品。とてもおもしろい。

ニンジンとセロリと泥団子とリモコンから1つだけ抜き出した単3電池をミキサーにかけて1人分だけボールによそって出されたスープって感じです。

見た目はとても悪くて美味しいわけではないけれども、色んな味がする。そんなスープ。不衛生な感じがするのであまり手をつけたくはないけれども。


〈無垢の祈り〉何も救いがありません。読んでいて辛かった。ただそれだけです。


〈オペラントの肖像〉一番世界観が好き。

『1984年』『すばらしい新世界』『流れよ我が涙、と警官は言った』『ハーモニー』などなど、ディストピアやSFが好きな私にドンピシャな物語でした。

自由な思考や議論でなく「芸術」の規制に着目されているのが斬新だし、監視側にも反体制が残っているのが魅力的。

旧世界から新世界に移行している段階なので、全国民が体制の思想を受け入れた訳でなく、反感を持った人々が秘密裏にエスケープを試みる…なんて素敵。

まあ、強大な権力によってそれが阻止されてしまうのが様式美でもありますけどね。

短編集の中ではマイルドな部類なので、これはおすすめしやすいですね。

ここまでの荒波を耐え抜いた強者に与えられた休息という感じです。


とまあ、いくつか作品についての所感をつらつら述べてきたわけですが。

1冊読むには、ある程度のグロ耐性と安定した精神が必要です。

また気分が落ちている時に読んではいけません。

寝る前に読む本としておすすめできないし、まず気持ちよく寝落ち出来ないと思います。

そして無理だと思ったら本を閉じましょう。読んでいて状況が好転することはありません。

この本に処方箋がつくとしたら、こういう文面になるでしょう。

確かにおもしろい。ストーリーがしっかりしているので、単なる見世物小屋にはなりません。

ただ、ちょっとくどかったかなあ。短編集だから読み切れたけど、この作者の長編を読破する体力あるかしら。

バイオレンスにひたひたに浸かりました…。
優しいスープが飲みたいな…。