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ちょっと欲求不満なスパイミステリー「ジョーカー・ゲーム」

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

  • 作者:柳 広司
  • 発売日: 2011/06/23
  • メディア: 文庫

本当に何も他意はないが、一言で表すと「大衆向けミステリー」
こう書くと貶しているような感じがする気がする…。
じゃあ何だ、「一般向け」?いや、なんか「私、玄人なので」感がでてるような?一般人とは違いますみたいな…。(自意識過剰)


面白いし、読みやすい。テーマもいい。テンポもいい。登場人物もかっこいい。

ただ、私の好みドンピシャではなかったという話。
今回は、あえてドンピシャではなかった理由を述べて、私の偏向性をちゃっかり明かしていくことにしよう。


まず、私は若干暗い物語が好きだ。
SFだったら近未来の技術ピカピカ!希望きらきら!というよりも、むしろテクノロジーが人間の全てを凌駕して、「こんなはずじゃ…」と一般人は絶望していてほしい。その横で科学者たちは(もはや人間の「科学者」が通用するのか)倫理や道徳無視してどんどん人間の全てを奪う最先端のものを開発していてほしいし、上層部(ふんわり)は箱庭みたいに世界を作り変えて、人間を上手く管理してほしい。(つまるところのディストピア文学。)死についての場面が多くても、痛そうな表現も多少大丈夫。お化け系は無理。人間が一番怖い系は大好き。あとは人間を人間たらしめる「知性」とか、「心」とか、そういうところに踏み込んだ物語も大好き。

この性癖とも言うべき偏った好みを明かしてスッキリしたところで、「ジョーカー・ゲーム」について触れていこう。


ジョーカー・ゲームのあらすじを一言で表すと、
大戦中の旧日本軍内に極秘で誕生した「スパイ組織」のスパイ達が暗躍するというところだ。


「大戦中」「旧日本軍」「極秘」「スパイ組織」「暗躍」…いや心が踊らずにいられない…!
完全にこれは私の頭が毒されている証拠なのだが、こういうワードで勝手に物語の方向性を妄想してしまうきらいがある。組織内で裏切り合ったり、旧日本軍内でえげつないことさせられたり、どんどん暗い妄想が広がっていったところで本書を読むと…


え、めっちゃ爽やかなんですけど……


仲間内で裏切るどころか、上司めっちゃいいやつじゃん。表面上の付き合いとはいえ、同僚も頼れるじゃん。旧日本軍とむしろ対立してることもあって組織ホワイト体制じゃん。
色事もない。誰かが死ぬこともない。スパイがそれぞれ有能すぎて失敗の恐れがない。

あれ…違う…。私が求めていたのとちょっと違う…。


「死」がないというのは、本書の特徴の一つであると思う。
本書には銃撃や毒を仕込むといった、良くあるスパイ・アクションはほとんど登場しない。
目立たずに情報を支配するスパイには、殺人や自死は禁物。スパイの仕事の流儀とも言うべきか、終始一貫した思想を守るスパイ達の姿は、部活に打ち込む学生のような。冷笑的で徹底的なリアリズム思想を持つスパイ達であるが、各々が仕事に没頭する姿は惚れ惚れするほどスタイリッシュである。


暴力的なシーンがほとんど無いにもかかわらず、スリリングな演出が所々に散りばめられ、読んでいて飽きない。つまりリアルの知人におすすめしやすい。
数年前に映画化されていたが、亀梨和也が主演なのも納得できる。格好良くキメられて、ダーティーなシーンがない。彼のイメージにピッタリである。


良いところはいくつでも挙げられる。良くできた作品といえる。
ただ、私の好みに合わなかったというだけの話。


身体の一部が欠損したスパイには親族にも言えない重大な秘密があってほしいし、敵対しているように見える旧日本軍の内通者がいて、上層部もそれを分かっていながら泳がせる高度な頭脳戦を繰り広げてほしい。たまに任務に失敗してほしい。そして絶望を描いてほしい。難しいが大戦中なら戦局にも触れてほしい。スパイ養成時に公に言えない何かを吹き込まれていてほしい。というか洗脳状態であってほしい。


欲求不満。でも面白かった。安全なスパイ小説。「これ好きなんです」って言っても対人的に大丈夫なやつ。