正直読書

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軽妙で心地よい森博嗣の世界「暗闇・キッス・それだけで」

暗闇・キッス・それだけで

暗闇・キッス・それだけで

  • 作者:森 博嗣
  • 発売日: 2015/01/26
  • メディア: 単行本


森ワールド全開。
これを読んで良いと思ったらきっと他の作品も気に入るだろうし、ダメだったらこれ以上森博嗣を読むのは止めたほうが良い。


タイトルに惹かれて読んでみたのだが、本書はシリーズ2作目で、「ゾラ・一撃・さようなら」というのが1作目にあるようだ。
1作目を読んでいなくても問題ないが、所々に追想が入っているのが気になる。
後で読んでみよう。

ゾラ・一撃・さようなら (集英社文庫)

ゾラ・一撃・さようなら (集英社文庫)

  • 作者:森 博嗣
  • 発売日: 2010/08/20
  • メディア: 文庫

2020/8/9追記:読んでみました。
oinusamausagisama.hatenablog.com


謎解きそっちのけのミステリー小説

森博嗣の作品の中でも、本書は謎解き描写が少ない方だ。
一般的なミステリー小説をイメージして読んでみると、すこし物足りなく感じるかもしれない。


主人公の頸城は職業を探偵としているようだが、事件へのモチベーションがゼロに近いのだ。
どちらかというと、好意を寄せている女性にどうやって取り入るかという方面ばかり気にしている。


たまたま居合わせた別荘で殺人が起きるという、王道パターン。
何らかの形でクローズド・サークルになり、警察は介入しないだろうと予想するも、普通に警察が来る。
じゃあ警察と手を組んで一緒に事件を解決するのかなと思うと、そうでもない。
そして探偵は仕事をしない。


やれやれ系の探偵。珍しくはないが、それでも少なからず事件に関わろうとするのが一般的だ。
だが、頸城は執筆活動の方を優先させ、そのついでに事件現場を見て回る程度。
事件については最後の方まで「分からない」というポーズを取っていて、読んでいるこっちも分からない。
残りのページがわずかになったところで、一気に物語が展開するスピード感には驚いた。


読む人によっては、「謎解きが全然ない。思っていたのと違う」となるだろうなと思いながら読んでいた。
また、謎解きパートの掘り下げがあまりないので、動機や殺人のトリックに説得力に欠けると感じる人もいるだろう。


本書の良いところを1つ挙げるとすれば、森博嗣の世界がよく表現されていることだろう。
実は、殺人事件は世界観を演出するための1パーツでしかないのだ。


謎解きの代わりに繰り広げられるのは、頸城とゆかいな仲間たちとの軽妙な会話だったり、頸城の思考や人生観だったり。
ミステリーよりも、そういうものの方に重点が置かれているのが森博嗣の作品の特徴だ。
お洒落な言い回しや、含蓄に富んだ価値観がすっと入ってくるのは、文章が簡潔なおかげである。
ややもすれば鬱陶しい存在になりかねない頸城を魅力的な男に仕立て、彼の思考を追うことに心地よさを感じるのだから不思議だ。
いつの間にか「犯人、誰でもいいかな〜」となっていたら、あなたはもう森博嗣の虜だ。

蛇足:頸城という名前について

頸城という名前を調べたところ、上越地方に相当する地方がそう呼ばれていることが分かった。
また「頸木」と書くと、家畜に顎の後方につける木製器具のことを指し、転じて「自由を束縛するもの」という意味になるようだ。


頸城探偵は色んな観点から自由人に見える。
漢字が違うとはいえ、人物像と対になる意味の名前が付けられたのは偶然だろうか。


頸城は何者にも束縛されていないし、束縛してもいない。
自分に好意を向けている女性を遠ざけ、また愛した女性と結ばれることもなかった。
喪失感から、何かに束縛されたいと願う頸城の心理(飛躍しすぎか)を暗喩しているのだろうか。


頸城は過去に何か大きな喪失感を味わっているようなので、シリーズ1作目を読んだら何か繋がるものがあるかもしれない。
なんて、学生の読書感想文的な読み方をしてしまう。我ながらうら恥ずかしい。