横溝正史「八つ墓村」を改めて読んでみた
- 作者:横溝 正史
- 発売日: 1971/04/26
- メディア: 文庫
横溝正史の金田一耕助シリーズで最も有名な「八つ墓村」を改めて読んでみました。
何となく、他の作品と比べてなんか地味だな…と、あまり良い印象を持っていなかったのですが、ちゃんと読み返してみるとこれが面白かった。
「八つ墓村」は知っているor映画やドラマは観たことあるけど原作読んだことないという方も、「へえ〜」となっていただけると嬉しいです。
だいたいこんな話
・八つ墓村の由来は、戦国の頃、黄金を携えた八人の武者が村人に惨殺されたことである。
・大正✕年、落人襲撃の首謀者である多治見家の子孫、多治見要蔵が突然発狂し、家族や村人を次々に虐殺。行方不明となる。
・要蔵の事件から二十数年後、天涯孤独の身である辰弥は、復員後に神戸でサラリーマンをしていた。
・ある日、辰弥は八つ墓村の名家である多治見家の出身であることを告げられ、跡取りとして八つ墓村へ呼ばれる。
・辰弥の行く先々で殺人が起こり、村人から疑惑の目を向けられる。
・辰弥は事件の真犯人を突き止めることができるか…!
本作の特徴について
本作の特徴として、まず没入感の高さを挙げます。
他の作品は金田一耕助からの目線で描かれることが多く、最後まで犯人が誰だか分からないのがシリーズの魅力でもありますが、
本作は事件の中心人物である辰弥の目線から描かれています。
その辰弥になぜか感情移入しまくっている自分がいる…。
なぜだかは分かりませんが、都会で普通にサラリーマンをしている常識人という点ですかね。
もの凄い美青年という訳でもなさそうというのもポイントかもしれないです。
金田一耕助シリーズは、変な因習に縛られた田舎の人々や、美形な男女がやけに多く登場するので、彼らにはあまり感情移入はできないんですよね。
辰弥が出自を知り、八つ墓村へ向かうシーンは非常に緊迫感があります。
村人の冷たい視線や好奇の眼差しが辰弥を通してこちらまで伝わってくるような…。
辰弥は多治見家の出身。
多治見要蔵が家族を虐殺した…という記憶が村人たちに鮮明に残っているので、辰弥が冷遇されるのも無理ないですけどね。
次々に起こる殺人事件と多治見家の謎、村人の思惑が絡み合い、四面楚歌な展開に終始ハラハラします。
しかし、ここが横溝正史のニクい演出というか、辰弥は存外、敵ばかりではないんですね。
義姉の春代や、神戸まで迎えに来た未亡人の美也子が親切にしてくれたり、村人から守ってくれたりするのです。
村の女性たちとの恋愛に揺れちゃったりして…。
適度に味方がいるからちょっと安心しながら読めるというのもポイントかと思います。
村に来たばかりの辰弥は、誰が味方なのかあるいは敵なのか、全く分かりません。
それは読者も同じで、全員が辰弥に敵意むき出しにしていたら読んでいて辛いだけですからね。
「あ、この人が出てきたから大丈夫」っていうのが物語にメリハリを付けています。
辰弥目線なので金田一の登場シーンはあまり多くないのですが、困ったときに出てくる金田一がめちゃくちゃありがたい。
最初は金田一を見くびっていった辰弥でしたが、すぐにその認識を改める場面があります。
他の作品よりも金田一耕助の「名探偵感」が強いというのも本作の特徴かもしれないですね。
もう1つの特徴、それは、作品内で3つの惨劇が重なっている点です。
3つというのは、戦国の落人襲撃事件、要蔵の事件、そして辰弥が直面する事件です。
要蔵の事件が村に及ぼした影響というのは計り知れませんが、それとは別に意外なタイミングで要蔵が出てきます。
そこから本作の違った面白さが味わえると思います。
また、落人襲撃事件もこれに関わってきて、最後の大団円へと繋がるのです。
先祖の因果が子孫へ、というのは金田一耕助シリーズでもよくあるモチーフですが、
そのまたさらに先祖、しかも村名の由来ともなった事件が現在進行系の事件に結びつくってすごくないですか?
戦国時代の伝承とも言えるレベルの話です。
「そういう設定」を作り出しただけでも独創性に富んでますが、実際の殺人事件と関連させるって…。伏線がオシャレですね。
「八つ墓村」の一般的なイメージと実際について
さて。八つ墓村といえば、あのビジュアルが思い浮かぶ方が多いのではないかと思います。
また、本作が実際に起きた「津山事件」をモチーフにしていることも有名でしょう。
学生の頃、津山事件の文献をいくつか読んだことがありますが、本当に恐ろしい事件です。
映画やドラマのイメージと津山事件のイメージが重なり、本作は暴力的な印象が強いと思います。
しかし、辰弥の直面した事件というのは、決してバイオレンスな感じではないんですね。
辰弥を陥れようとしたり、殺人事件の動機が最後まで分からなかったり、知能犯の犯行なのです。
津山事件をモチーフにしているのは、要蔵の犯行の方ですしね。
私は映画を観ていないので、あまり詳しいことは言えませんが、
ビジュアルイメージと実際の作品との間でギャップが生まれているのも面白いですね。
ということで、八つ墓村を紹介させていただきました。
文庫版のあらすじには「現代ホラー小説の原点」とありますが、
お化けは出てきませんし、死体のグロさとかも比較的少ないので(たぶん…)、割と読みやすいかと思います。
あ、落人襲撃事件と要蔵の事件は結構酷いのでそこはお気をつけて。