正直読書

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攻略方法あります。(たぶん)「ノルウェイの森」

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: ペーパーバック

私の少ない読書遍歴の中に村上春樹が加わりました。

ふーん、おもしれえ本。

というのが読後の感想です。

とはいえ、「村上春樹は好き嫌いが分かれる」というのもよく分かりました。

ノルウェイの森」に拒否反応を示す人が一定数いる理由を挙げながら、

〈これをクリアできれば「ノルウェイの森」を楽しめるのではないか〉という観点で語っていきたいと思います。


** 主人公のワタナベ君をスルーする

この本を読むのに一番気をつけたいのは、主人公であるワタナベ君の一挙手一投足にいちいちツッコんではいけないということです。

彼は自分のことを「つまらない」「平凡」等と表現するが、そうでないことは明らかですよね。

普通の18歳は「僕にとって最高の書物はジョン・アップダイクの「ケンタウルス」だった」とは言わない。

これが三島由紀夫の「金閣寺」とか、梶井基次郎の「檸檬」だったらまた違った。でもワタナベ君の好みでは無いんだろうな。

そしてワタナベ君のニクいところは、身の丈に合わない謙遜の姿勢なんですよね。

口だけでなく、本気で自分を「平凡」だと思ってそうなところがまた嫉妬心をくすぐる・・・

ワタナベ君と同じく、冴えない自分を卑下する男子大学生として、森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」に登場する「先輩」を比較してみましょう。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

「先輩」は結果的に思いを寄せる「黒髪の乙女」を射止めるのですが(うろ覚え)、ワタナベ君と違ってヘイトが集まらないのは「本当に冴えない感じ」がするからです。

私たちは「先輩」には「共感」できる。だから彼は「冴えない大学生」を名乗ることができるわけです。

ワタナベ君は冴えない大学生を装っているだけです。
村上春樹の考える「冴えない大学生」はこのレベルなのかよ!と思わないようにしましょう。


** セックス描写に反応しない

2つ目。セックス描写をスルーしましょう。

まあ、本当にいたしている場面は意外と少なくて、「手で」とか「口で」という描写が事細かに綴られているから印象強くなってしまうのですが。

あと、びっくりしたのが、直子が亡くなったあとに東京に来たレイコさんと「本当にあたり前のように」始めたところです。

これ驚かない人います?倫理観ガタガタになりません?直子の葬式後に(簡易的であるとはいえ)やることですかね?いやいやいやいや・・・。

ここで「ムリ」となる気持ちはとても分かる。すんなり受け入れられる人はその極意を教えてほしい。

でも、きっとこれ私達の考える一般的なセックスと思うから駄目な感じがするだけで、この小説内では「心を通わせる行為」として描かれているだけだと思うのです。

映画「ET」でいうと指と指を合わせるやつ。その程度と考えましょう。


** なぜ「ノルウェイの森」は好き嫌いが分かれるのか

最後に、なぜこんなにもスルーすべき事項が多いのか。

ノルウェイの森」は、完全なファンタジーだからです。

舞台が日本で、実際にある地名が使われていて、登場人物が日本の大学生なので紛らわしいですが、ファンタジー度で言えば「ハリーポッター」と同じようなものです。

そこを間違えると、冴えない大学生を装うワタナベ君にイライラする。過激なセックス描写にうんざりする。

ワタナベ君は主人公としての役割を果たすために特異な人物として描かれているし、小説内のセックスは一般的通念よりも明らかに軽い行為です。


ワタナベ君とセックス描写をスルーするとなると、「ノルウェイの森」の大部分をスルーすることになるのでは、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、いったんこの状態で読んでみてください。


冒頭の直子の「いつまでも私を忘れないで」という言葉、直子の死によって一部が死者の世界へ引き摺り込まれたというワタナベ君、ワタナベ君を待つ緑。

三人が単なる三角関係という言葉で収まらないのは、死という現象を伴っているからでしょう。

残されたものは一生傷を背負っていくけれども、死んだ者は知る由もない。

と言いつつ、残された者も一生死者を悼んで生きていくわけでなく、その人の生を全うする中で死者の記憶が消えていってしまいます。

そのことをうまく描写しているのが冒頭の飛行機でのシーンですね。


直子との会話は思い出せるけれども、直子の顔を今すぐ思い出すことができない。

私を忘れないで、と言った直子の言葉に囚われたワタナベ君ですが、肝心の直子は彼を愛していない。


うーむ、文学的である。(語彙力)


その他にも、どうしようもない永沢とその彼女のハツミさんとの関係性などなど、なんだか刺さる登場人物はいっぱいいるのです。


ということで、ワタナベ君とセックス描写で「ノルウェイの森」を投げ出してしまうのはもったいないよ、という話でした。